
現在の日本国憲法は、GHQ製であることは広く知られている。しかし、GHQ製であるということの意味はあまり知られていない。
「GHQ」と聞けば「アメリカ」と思う人が大半だと思うが、「アメリカ」というものは1枚岩ではなく、2つの「アメリカ」がある。
1950年以前の「アメリカ」と1950年以後の「アメリカ」は全く違う。日本国憲法が制定されたのは1947年なので、1950年以前の「アメリカ」が憲法を作ったということになる。
では、1950年以前と以後では何が違うのか? その大きな違いを一言で言えば、「容共」と「反共」の違いである。
戦時中のアメリカは、「容共」であり、ソ連とも親和性があり、アメリカ民主党内部には、ソ連のスパイが大勢存在していた。
マッカーシズム(赤狩り)を行ったマッカーシー共和党上院議員は、当時、嘘を言っていると批判の的にされたが、ソ連が崩壊した後、公に開示されたソ連の秘密文書によって、マッカーシーの言っていたことはほとんど正しかったということが判明した。
戦時中の民主党内には、米国の社会主義者とソ連の共産主義者が大勢おり、当然のことながら、GHQの中にも存在していた。その彼らが中心となり作ったものが、現在の日本国憲法だった。
左翼の人達が(知ってか知らずか)日本国憲法を神聖視する理由の1つは、実はそこにあるのだと思う。
ついでに言うと、「反米」というものにも2つの反米がある。上述した通り、1950年以前の「反米」と1950年以後の「反米」がある。そのどちらを意味しているかで、「反米」を語る論者の立ち位置が分かるが、その区別がつかずに「反米」を語っている人は、何も解っていないということになる。
■「憲法改正」が意味するもの
自民党の党是である「憲法改正」とは、当初、GHQ製の「社会主義憲法」からの脱却を意味するものだったが、現在では、随分と譲歩されている。
憲法の内容を時代に則してほんの少し変えるというだけで、嵐のような猛バッシングに晒される。他国では当たり前の憲法改正が、日本では何故にこれほどまでの無理難題になってしまったのか? その理由(歴史的経緯)を知ろうという人々が増えていかない限り、憲法改正はスムーズにはいかない。
日本にとっての「憲法改正」とは、諸外国のように単に憲法を変えるという意味ではなく、「日本社会を変える」ことを意味している。現在のモラトリアムな半国家状態を良しとする人々には、自らのユートピアを破壊されるという抵抗感情があるのかもしれない。しかし、その感情を優先することは日本の間違った常識であって、世界の非常識であるということを知らねばならない。
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